山田 梅東 やまだ ばいとう
   

立秋
蓐収司侯立秋時
人未能知蟲已知
池畔墻根荒草外
商聲咽出自然詩

(=むしろ)を収さめ司侯(=様子を見る)す 立秋の時
人未だ能知(=知ることが出来ない) 虫は已でに知る
池畔の墻根(=かきね) 荒草の外
商聲(=清くさえた声)(のど)を出ず 自然の詩
36.5p×27p

寛政9年(1797)生〜明治9年1月3日(1876年1月28日)歿
 江戸後期から明治時代の儒者。山城(京都府)の人。名は敬直、字は其正、通称は左一、梅東・松桂・翠雪・無用庵主人と号した。
 嘉永五年版『平安人物志』には、それ以前の「山田氏」ではなく、「清氏」で記載されており、晩年には「清氏」を名乗ることも多い。また彼は、南画家の鈴木百年の漢詩文の師でもある。
 詩文を善くして京都で教え,梁川星巌らと交わった。詩集に『梅東先生雁字詩』『椋湖観蓮集』がある。
 「梅東樵史」の下に、朱文の「翠雪」、白文の「梅東古樵」の落款印が押されている。

推奨サイト
https://kotobank.jp/word/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%A2%85%E6%9D%B1-1117942
http://www.ccv.ne.jp/home/tohou/m-baitou.html
https://wikimatome.org/wiki/%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%A2%85%E6%9D%B1
http://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/00490941
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/chi06/chi06_04620_0001_0011/index.html


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